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豪定本 ザ・ディープ・コリア

私が日参しているブログの一つにmumurブルログというブログがある。
韓国に興味がある方なら説明不要なほど有名だろうと思われる。
最近、mumurブルログに「ディープコリア」が取り上げられることが多い。私の愛読書でもあり、盛んに取り上げられている「フリチン」のくだりを当ブログにアップしてみる。

ディープコリア

大韓人に、
日帝36年!!

-----------------と、大上段にふりかざされると
日本人は贖罪意識にかられ目の前が曇ってしまう。

しかし、ふりかざした相手の下半身をよく見るとフリチンだったりするのだが
大部分の日本人は見なかったり、見てないフリをしてしまう


が、積極的にフリチンに着目し、キン玉の皺から半島を語ったのが本書です。

(ディープコリア冒頭より)



数多くある、保守系ブログ(?)の中では、mumurブルログは、主張、見識、テーマにおいて非常に群を抜いた存在であり、明らかに他とは違う光芒を放っていると私は個人的に思っている。また同じように思っている方が数多いからこそ、あれだけのアクセスを集めることができるのであろう。

実際のところ、韓国にいる者としては、「それチョット違うよな?」と思わされるブログも少なくない。(特に政治論説系)
しかし、mumurブルログは本当に「韓国、韓国に纏わるモノ」を的確に捉えていると感じるのである。住んだことがあるのでは?とすら思えてくる。そして「韓国」を的確に捉えているからこそ、どちらかというと日本のマスコミの欺瞞、日本のペテン師に限りなく近い知識人・・・・といった「ダブルスタンダード」的なモノにフォーカスすることが多いのではないか、と思っている。

冒頭にも書いたが、mumurブルログでは「ディープコリア」が取り上げられることが時々ある。この1点だけ取ってもいかにmumurさんの韓国に対する造詣がいかに深いかが推察される。

この本は韓国の本質をえぐりにえぐりだした傑作古典である。私も韓国本は切実な必要性からありとあらゆるものを貪るように読んだという自信があるのだが、今だかつてこの本を超えるものには出会っていない。

例えば、ちょっと前に韓国在住者が韓国の日常を綴った人気ブログが本になったようだが、あのようなものを読んでも韓国の日常、あるいは本質には一切触れられないと思われる。決して筆者に非があるということを言いたいわけではない。どちらかというと韓国という国に非がある。

韓国を気真面目な活字で語ると、どうしても違和感があるのだ。最低でも、ある種くだけた文体が必要になってくるのではないかと思われる。例えば産経新聞の黒田さんは等身大の韓国を語るときにはユーモア溢れるエピソードを添えてくだけた文体で韓国を語っている。

黒田さんはその立場上、上品なユーモアで韓国を包んでしまうのであるが、「ディープコリア」は、生生しい韓国を遺憾なく読み手に伝えてくれる。理屈抜きのバカバカしさが迫ってくるのだ。もちろんかなり昔に書かれているのでそれを杓子定規に現在の韓国に当てはめるとブレが生じる。が、しかし本質は一緒である。どうも韓国にいると「理屈抜きのばかばかしさ」が欠けた韓国はどうも違う国に感じてしまうのである。


ディープコリア


金日成が4千4百万人いるのが大韓民国であり、二人しかいないのが北朝鮮なのである。

(ディープコリアより)



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5月18日 海潮音  日本海新聞

 画期的な日韓共催で開催されたサッカーW杯から四年。いよいよ六月九日、ドイツ大会が開幕する。米子市で少年時代を過ごした中田浩二選手も日本代表入りした。WBCでの王ジャパンに続く躍進を期待したい◆四年前はにわかサポーターとなって、米子市のやまつみスポーツクラブの大画面を前に「ニッポン、ニッポン」の歓声を送った。そのとき、多くのサポーターは日本の試合に引き続いて韓国の試合も観戦し、韓国にとって悲願だった初勝利をたたえた◆日本はベスト16止まりだったが、当時「赤い悪魔」といわれた韓国はベスト4入りを果たし、その躍進は注目を集めた。多くの日本のサポーターが韓国を応援。日韓両国が感動を共有して、ともに健闘をたたえあったのは印象深い◆首相の靖国参拝や竹島の領有権もまだ大きな問題になっていなかった。両国に横たわるわだかまりを乗り越えて新しい未来志向の日韓関係が構築され、日韓交流がさらに進展すると期待されていた。あれから四年。「冬ソナ」ブームも去り、両国の関係は冷え切ったままだ◆しかし、地道な民間レベルでの交流は着実に定着している。三月下旬に米子市を訪れ、大山周辺で地元の作家らとスケッチ交流を深めた韓国釜山の女性画家から個展の画集を頂いた。そのときに描いた早春の大山も紹介されている。残雪の残る大山と木々の芽吹きが独特の色使いで表現されている。絵画を通じた交流は着実に芽を出している。


日韓両国が感動を共有して、ともに健闘をたたえあったのは印象深い

日韓両国が感動を共有?健闘をたたえあった?
私は目を疑った。
韓国でこんな話をすれば、何のことかさっぱり分からずに、「????」となるだろう。

韓国人にとって、2002年のワールドカップは、韓国による韓国のためのワールドカップであり、市民革命に准えるほどの民族の祭典であった。
そこに「日本」という要素は全く入ってこないし、むしろ「日本」という要素は害以外何者でもないのである。韓国で日韓がともに健闘を称えあってなどとは1回も耳にしたこともなければ目にしたことも無い。しつこいようだが、韓国にとっては、2002年ワールドカップは「日韓」ワールドカップではなく「韓国」ワールドカップなのである。



多くの日本のサポーターが韓国を応援。

韓国では、ほとんどの韓国人が日本の敵チームを応援。
日本の得点、チャンスには容赦ないブーイングで応じた。
日本が負けた日には、今までこんなに嬉しい日があったか!と熱狂。
これが現実であった。


本当に日韓ワールドカップでの偏向報道は酷かった。
そして、今なお、現実に目を背けたお花畑的論調を目にすると、本当にガックリときてしまう。ネット時代は各々が情報を発信できる。いくらマスコミが玉虫色の記事を書こうとも、ネットは「容易」に、かつ「瞬時」にその欺瞞を暴く。このような世間誘導的でオメデタイ記事を書く記者は、すでに時代に不必要な存在だということを認識すべきだろう。


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【社説】韓国まで世界の仲間はずれにするつもりか(朝鮮日報)

 盧武鉉大統領は9日、在モンゴル韓国人との懇親会で「いつ、どこで、どんな内容でもいいから(金正日総書記に)会って話し合おうと数十回伝えた。(北朝鮮に)多くの譲歩をしようと思う。制度的、物質的な支援は条件を付けずに行いたい」と話した。大統領は「韓米合同訓練が、北朝鮮の目には気掛かりのようだ。ただの言いがかりの可能性もあるが、実際に不安に思っている可能性もあり、事情は単純ではない」と話した。

 大統領が、条件を付けずに南北首脳会談を開いて北朝鮮への大規模な支援と譲歩を行うことをほのめかすのは、以前にはなかったことだ。この2項目について話すときには「北朝鮮の核問題で解決のめどが付けば」という条件が付いていた。何がどう変わったのだろうか。

 大統領の言葉通りなら、何としてでも南北首脳会談を行うという意味になる。大統領が「条件なしに」会おうといったからと言って、任期も残りわずかの韓国大統領と金正日総書記が「条件なしに」会うはずがない。対価として、前回の4億ドル(約445億円)を大幅に上回る額を提供しなければならないかもしれない。しかしこうした途方もない取り引きを国民はもうこれ以上受け入れたくない。大統領が地方選挙を前に、支持層を固めるのに利用しているのではないかとの意見もある。もし大統領がそんな考えでいるなら、有権者の心を完全に読み違えていると言っていいだろう。

 北朝鮮の人権と偽造紙幣の問題に的を絞った米国主導の北朝鮮を圧迫する動きが続いている。しばらく前には、韓国の「無分別な」北朝鮮支援が金正日体制の維持につながるだけだという非難の声も上がった。大統領はこうした国際社会の潮流と正反対の方向へ進もうとしている。韓米合同軍事作戦に言いがかりをつける北朝鮮の事情に理解を示すかのような発言を見ると、意図的に米国に刃向かおうとしているかのような印象も受ける。

 大統領のこうした処方への反応はどうなるだろうか。明らかに米国と日本は冷淡なことだろう。中国も少なくとも大歓迎はしないだろう。結局大統領の新提案は、北を捕まえようとしているうちに、韓国まで世界の仲間外れとなる結果をもたらす。「同じ民族同士」を叫ぶうちに、共に国際社会で孤立することになるだろう。

 大統領の思惑通りに事が進み、金正日総書記に条件なしで会えることになったとしよう。その場合、その席で核・偽造紙幣・人権問題が解決される可能性はゼロに近い。大統領の唐突な提案の真意は、どこにあるのだろうか。


「大統領が変わらないうちは、ダメだ」
ここ1年くらい、韓国でこんな話を良く耳にする。

現大統領「盧武鉉」への私のイメージは「書生」である。
青臭く、時に自分の感情を抑制できない。言うことは景気が良いが、実務遂行能力は限りなく低い。極論を言えば大統領就任以降、彼は何もやっていないに等しい。低い支持率は盧武鉉大統領に対する韓国人の気持ちを正確に表している。

前大統領の蒔いた種(ITやエンターテイメント)が発芽し成長しつつあるのとは対照的に、彼は大韓民国に対して何をやったのか皆分からないし、何をやりたいのかも分からない。いや一つだけあった。富の再配分、つまり金持ちの頭を抑えることに躍起になっていることぐらいか。

無能な人間は、現実から逃れる為、しばし「精神的」世界へと自分を逃亡させる傾向にあることは、よく言われることである。理念・精神を声高に主張することで、己の無能さから目を逸らす。

「民族統一」という甘美な響きに酔いしれたいという欲望を、自分自身でどうにもコントロールできなくなるとき、現実感の乏しい方向へ逝ってしまうのだろう。苦学に苦学を重ねた清廉潔白の正義の弁護士のままでいたほうが、彼には相応しかったのではないか。


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韓国には「日本文化は全て韓国が教えてやった」という、馬鹿馬鹿しい考え方が存在する。「そうであって欲しい」という願望を、「そうだった」と思い込むのは韓国の特技の一つだ。究極のプラス思考ともいえる。

韓国には「日本文化韓国起源論」といったものがあって、代表的な日本文化である茶道、生け花、相撲、剣道・・・・・なども起源はみんな朝鮮半島でそこから日本に伝わったというのだ。その結果、韓国人たちによる「日本の中の韓国文化ツアー」などという日本観光旅行も盛んだ。

黒田勝弘氏「日韓新考」扶桑社文庫 P151より抜粋引用



先日、KTX(韓国の新幹線)に乗った際に、各座席においてある列車内雑誌に蹴鞠についてのページがあった。

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当然、この雑誌は全て韓国語で書かれているのだが、なぜか、蹴鞠のページだけ日本語で書かれていた。不思議だ。

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そこに書かれた一部を抜粋してみると、

三国時代の時から貴族は絹糸で作った鞠を蹴って遊びました。以後お守りや工芸品などに活用され、壬辰の乱以後なくなりました。一方朝鮮でこの技術を学んで行った日本は絹鞠を蹴る「蹴鞠」という名称から手で鞠を作るという意味の「手鞠」という名称を取ってきて今日までその秘法を伝授しています。」
実際に国際サッカー連盟(FIFA)が2002年発行した「FIFA100周年歴史博物館」という本には日本の伝統服装を着て鞠を蹴る人々の絵があり「19世紀後半に流行した日本の蹴鞠」という説明が添えられている。

色糸鞠を蹴って遊ぶ遊びは随分前韓国で先に流行した。その遊びの名前は「蹴鞠」である。


・・・・またか、と。

日本の伝統工芸の一つ「手まり」について、いろいろWEBで調べてみたが、朝鮮出兵および朝鮮人技術者(?)を起源とする記述が見当たらなかった。

それと、「19世紀後半に蹴鞠が流行」というのは、江戸時代末期から明治時代なのだが(1867年 大政奉還)一体これはどういうことなのだろうか。この文を入れることによって、日本は韓国よりもはるか後の時代に蹴鞠が流行しました。ということ言いたいようにも感じる。

しかし、

蹴鞠は600年代、仏教などと共に中国より渡来した。中大兄皇子と藤原鎌足が、蹴鞠をきっかけに親しくなり、これがきっかけで645年に大化の改新が興ったことは広く知られている。

(中略)

蹴鞠は貴族だけに止まらず、天皇、公家、将軍、武士、神官はては一般民衆に至るまで老若男女の差別無く親しまれた。蹴鞠に関する種々の制度が完成したのは鎌倉時代で、以降近代に至るまでその流行は衰えることは無かった。

蹴鞠がこれほど普及したのは、階級制度の厳しい時代における民衆のストレスのはけ口として政策として利用され、大いに奨励された事が発展・普及の裏にあったのではないかと思われる。

しかし室町時代の末期に織田信長が相撲を奨励したことで、蹴鞠の人気は次第に収束していったといわれる。

蹴鞠の歴史(Wikipedia)


・・・・・と、毎度のことながら、朝鮮半島とはあまり関係が無いようだ。


ちなみにこの色糸鞠について文中では、

これこそ世界で最初に瞻星台を作った新羅人たちの科学的な頭脳が作り上げた精巧な芸術品と言えるだろう。

と、これも毎度のことながら、かなり飛躍した賛辞が送られている。


文中の李賢淑さんという人は、日本で技術を取得し、日本手工芸協会の資格証を手にして韓国に帰国した朴貞和さんに学んだ、とある。

更には、この李さんも日本手工芸協会正会員の資格を取得したらしい。

そんな李さんの願いは、

ドイツワールドカップが開かれる6月、ドイツのハーノーバーで色糸蹴鞠展示会を開催することが李さんと李さんが教える弟子たちの願いである。サッカーボールの元祖である色糸鞠で韓国工芸品の美しさを知らせ、長い間忘れられていた韓国色糸工芸をよみがえらせること・・・・


とのこと。

彼女らは主張する。

「日本が朝鮮の技術者を一人も残さず拉致し、技術を日本に奪われたはしたが、元々は韓国のモノだ」と。

つまり韓国人に親切に技術を教え、日本手工芸協会の資格証まで与えた結果、韓国の文化捏造と自尊心の充足に手を貸してしまった、ということである。
日本もたいがいお人好しである。

個人的には、手まりというのは手先の器用な日本人の粋が凝縮された素晴らしい日本の伝統工芸であるとは思うのだが。

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■てまり展の様子

■手まりの画像(google)


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韓国で「ファイナルファンタジーXII」の日本語版が発売されてました。
スクエニではなくて、「Sony Computer Entertainment Korea」からの発売らしいです。

■関連リンク
期待作『ファイナルファンタジーXII』4月韓国上陸


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裏はこんな感じ。


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説明書はもちろん全て韓国語。


でも、ゲームは、言語、音声ともに全て「日本語」です。

韓国で、どのくらい売れるのだろうか・・・。
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韓国の書店で「デスノート」を買いました。



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↑裏表紙。



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↑こんな感じ。
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