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私は日本人である。よって、私の周囲には日本語が堪能な韓国人が自然と多くなる。日本語ができることはそれなりのメリットがあり、日本語が堪能な韓国人には社会的経済的成功者が比較的多いように思える。日本のノウハウを韓国に持ち込み成功した者、日本で先端技術・知識を学び成功した者、あるいは日本とのビジネスで成功した者…、栄達への手段としての「日本・日本語」という側面が韓国には確かにある。
 
いや、「あった」と過去形になりつつあるかも知れない。

以前から気になる事象として、すでに日本語を流暢に話せるにも関わらず、現在は英語を必死に勉強している、もしくはマスターしようと勉強を始めようと考えている韓国人が増えてきたということがある。

その辺の考察で、在韓日本人のブログ「コリアニメやつあたり」さんに、非常に興味深い考察が述べられていた。

書評『“日本離れ”できない韓国』『「脱日」する韓国―隣国が日本を捨てる日』

ここでも述べられているように、近年の韓国では、日本語を操れるようになったものの、金にもならないし出世もできなくなりつつあるように見受けられる。

せっかく膨大な時間と労力を割いて日本語を一生懸命勉強しマスターしたものの、商売の役に立たず、就職も出来ず、出世も出来ず、日本語能力が人生のプラス作用にはたらかない人を目の当たりにして、日本人としてなんだか申し訳なく思ってしまうことさえある。韓国人に「今は英語の勉強を頑張っています」と流暢な日本語で言われると、言外に込められた(日本語能力を活かす場所がないようなので…)というメッセージを感じ取ってしまう。

英語をマスターした者が肩で風斬って歩き、日本語をマスターした者が肩をすくめて歩く。韓国における日本のプレゼンスの低下をどう捉えるべきなのか、私は結論を出せないでいる。


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